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AI時代に考えるストックフォトの未来

 存在しない人物の写真が自動生成されるなど、AIによる画像生成技術が発展し、クリエイティブ分野における活用が期待されるようになった昨今。

 これまで「人間だからこそできること」のひとつにクリエイティブやインスピレーションがあげられていましたが、今やその領域にAIが迫りつつあります。

 これからストックフォト業界はどうなるのか。今、訪れようとしているAI時代とストックフォトの未来について、ピクスタ株式会社CCO(チーフコンテンツオフィサー)の内田に話をききました。

AIによる自動画像生成技術の誕生は「脅威」なのか

ーー リアルな人間の画像を無料で生成できるAIサービスが登場するなど、昨今、AIによる自動画像生成技術をどのように見ていますか?

 実際に事例も出てきていますし、無視できるコンセプトではないと思います。

 時間軸をどこに設定するかで、どう捉えるかは変わってきます。

 少し長い時間軸――今後、AI開発技術が更に発展し、自由にクリエイティブを創造できるようになった未来を想定すれば、AIに代替え可能なストックフォトの分野は多数でてくるでしょう。実在性が重要視されないクリエイティブなら、AIの方が早く、かつ様々なバリエーションを量産できるようになるでしょうから。

 では、実在性が重要視されないクリエイティブとは何かというと、いわゆるバーチャルの世界です。身近な例でいうと、たとえば、すでにある種の自動車CMに使われている風景動画はCGによって合成・制作されたフィクションです。美しい海岸沿いの道や、崖沿いの迫力ある峠など、特定のどこかである必要性がないものですね。こうした「誰でもいい」「どこでもいい」ものは、AIが自由にクリエイティブを創造できるようになった時には、いずれ置き換わっていくだろうと思います。

 そう考えると、今後は新しいクリエイターが出現するかもしれません。

 写真や映像を「撮る」、イラストを「描く」クリエイターではなく、AIに何をインプットさせてどうアウトプットさせるかを考えるエンジニア兼クリエイターのような存在ですね。

 そうなれば、我々は「才能をつなぎ、世界をポジティブにする」理念のもとに運営するクリエイティブ・プラットフォーマーとして、そういう新しいクリエイターを支援していく道も考えられると思います。

 また、逆に言えば実在性とオリジナリティが求められる分野は生き残り続けると思っています。

 一方で、現状〜近い将来という時間軸でAIによる自動画像生成技術を考えると、全く異なる価値、大きなチャンスを感じます。

ーー 大きなチャンスというと?

 AIによる自動画像生成では、ディープラーニングを応用した「GAN(Generative adversarial networks=敵対的生成ネットワーク)」がよく使われています。ディープラーニングでは品質を高めるために大量の学習データを必要とします。

 では、学習データはどこから調達すればよいのか。ストックフォトほどありとあらゆる画像を取り揃えているところはありません。人物画像ひとつとっても、様々な人種の老若男女がいて、それらひとつひとつが異なるシチュエーションで異なる切り取られ方をされています。

 つまり「AIがどんなクリエイティブも自由に生成できるようになる」という夢の未来を叶えるためには、ストックフォトのような大量の画像データが求められるということです。

 PIXTAでも機械学習用のデータ提供を開始していて、すでに多数の企業のニーズに対応しています。

 従来、ストックフォトは主に広告やWebサイト制作、テレビ局や出版社等のクリエイティブ制作現場で活用されてきました。説明的で部品的なビジュアルニーズに始まり、SNSの台頭によってビジュアルコミュニケーション時代に突入した近年では、一枚のインパクトやドラマ性、ストーリー性が重視されるようになり「売れ筋」と呼ばれる画像素材の傾向も変化してきました。

 そこへ、新たに機械学習用データとしての需要が生まれはじめ、極端なことを言えば、「売れ筋」のラインナップに入ってこなかった画像にもスポットが当たるようになるわけです。従来の活用に加えて、ストックフォトの新たな活用法が生まれたことを考えれば、クリエイターにとっても、我々プラットフォーマーにとっても大きなチャンスと言えます。

ーー現状では自動画像生成技術もインプットするオリジナルデータが必要で、これらなしに「AIがどんなクリエイティブも自由に生成できるようになる未来」は訪れない。そして、訪れるまでストックフォトの存在と価値は大きな追い風になるということでしょうか。

 そうですね。

 今はまだAIによる自動画像生成にも様々な問題があります。著作権や肖像権の概念をどう捉えていくのか。「誰でもないはずの肖像」は本当に「誰でもない」といい切れるのか。自動生成した人物画像が偶然「実在する誰かに瓜二つ」という現象は起こりえない保証もありません。そうした問題にどう対応するのか、法整備も含めて整えていかないと、本当の意味で「安全に使用できる自動生成画像素材」を提供することは難しいでしょう。

 技術的に実現可能な未来と、実用性を伴ったサービスの提供はまた別の問題です。

ーー単純に、AIによる自動画像生成技術はストックフォト業界に差し迫った脅威なのではないかと考えていましたが、そこに至る道のりには超えるべき課題とチャンスがあり、さらにその先には、それに応じた新たなクリエイターの誕生とその支援という可能性が広がっているのですね。

 あくまで、仮説でしかないですけれどね。エンジニアたちにもヒアリングしながら、日進月歩で進む技術革新には注目しています。

 我々はプラットフォーマーとして、日々進化する技術にアンテナを張り、ポジティブな危機感を抱きながら、常に時代にマッチした最高のサービスを提供し、クリエイターとユーザーと我々のWin-Win-Winを築くことが大事だと思っています。

実在性という「個人」への価値シフトが始まる

ーーいつか訪れるかもしれない「実在性が重要視されない分野のクリエイティブがAI画像に置き換わっていく未来」を考えた時、ストックフォト・クリエイターは、どういう価値を発揮していけば良いと思いますか?

 先程の「実在性やオリジナリティが求められる分野は生き残る」という発言にヒントがあるような気がしましたが。

 AIが人間に代わって創造性を発揮していく未来を前提として考えるなら、相対的に実在する「人間」にできることに価値を見出そうという動きが想定できます。

 先程の例にあげた車のCMで使われている「風景」を引き続き例にして話すと、フィクションやバーチャルではない、実在性――実際に存在する風景でなければならないものは置き換えることができません。AIは「渋谷の街の特徴を捉えた疑似渋谷」を生成することはできても「今そこにある渋谷」は生み出せないからです。

 さらに、その「今そこにある渋谷」をどう表現するかが「オリジナリティ」です。  オリジナリティ、つまり、その人にしか生み出せない世界観、ひと目でその人の作品だと感じられる「象徴的な何か」。そういう「個人の価値」が今後、より重要になっていくと思っています。

ーーそれは、写真で言えば「誰が撮ったか」が重要視されるようになるということでしょうか?

 はい。ストックフォトは、肩書やネームバリューに左右されずフラットにコンテンツで勝負できる世界ですが、常に選ばれ続けるコンテンツを提供する人には信頼がついていきますよね。

 たとえば、いいなと思う素材をクリックすると、いつも同じクリエイターだったりする。そうやって見ていると、写真をみるだけで「これは◯◯さんが撮ったものだな」とわかるようになります。それは、そのクリエイターにしか生み出せない「象徴的な何か」があるからです。作風ににじむものかもしれないし、背景にあるクリエイターの世界観や人生観かもしれません。

 それこそが、クリエイターにとってかけがえのない個性であり「個人の価値」です。

ーー個人の価値……つまり「誰が撮ったか」が重要視されるようになるということは、そもそもPIXTAが築き上げた「肩書やネームバリューに左右されない公平な世界」と逆行してしまいませんか?

 いいえ、ピクスタが大事にしている「門戸を広く開放する」という意思は変わりません。

 20年前までは、実績あるカメラマンが撮るものしか見てもらえなかった世界を、ピクスタが誰もがコンテンツで勝負できる世界へと変えました。

 今後は更にそこから「有名クリエイターになれるチャンスがある世界」につながっていってもいいかもしれませんよね。

 ストックフォトに「個人の価値」が求められるようになれば、クリエイターの個性だけではなく、被写体となるモデルの個性、ヘアメイクやスタイリストの個性、フード、テーブル、空間といったコーディネート要素、あるいは個人が保有する場所やモノそのものに至るまでが活用の仕方次第でコンテンツの価値として求められるようになるかもしれません。

 それぞれの個人の価値がちゃんと評価されて、才能がつながっていく世界を思えば、我々が考えるストックフォトという概念は数多の可能性に満ちている気がしませんか(笑)。

ーー壮大な話になってきましたね。ストックフォトを入り口に、たとえば「このコーディネーターの空間演出によって生み出された作品がほしい」といった需要に応える……ようなイメージでしょうか?

 あくまで、予測不可能な未来に対する「無限の可能性のひとつ」ですけれどね(笑)。

 モデルやスタイリストといった「写真」に関わる人々のそれぞれの個性にまで話を広げて考えるのは、まだまだ妄想が過ぎるかもしれませんが、クリエイター個人の価値――「誰が撮ったか」が重要視されれば、「このクリエイターの作品が欲しい」「このクリエイターに作ってもらいたい」という需要が生まれるようになるのは、自然な流れとしてありえることだと思っています。

ーー写真で言えば「撮り下ろし」、イラストでいえば「描き下ろし」の需要へとシフトしていくと?

 シフトというよりも、複合的な需要と考えた方が良いと思います。

 これから先の未来を考えるなら、ストックフォトという限られた業界として捉えるのではなく、それをとりまく世界を見据えて「クリエイターとしてどう生きるのか」という話として捉えた方が良いと思っています。

 たとえば、ピクスタではデジタル素材の「PIXTA」、家族向け出張撮影の「fotowa」を展開していて、双方で活動するフォトグラファーたちがいます。

 それぞれの経験をそれぞれの活動に活かしながら「個性」を磨いていますし、それが価値になっているから、fotowaでの指名につながるし、新しくPIXTAに投稿する「自分らしい作品の創造」にも繋げられているように思います。

 今は社会全体が、複合的な活躍によって個人の価値を磨くような時代です。それを思えば、ストックフォトに囚われることのない、個人の価値を発揮できるあらゆる機会の提示こそ、才能を世界へとつなげるクリエイティブ・プラットフォームを創造していくピクスタの使命ではないかと思います。

未来は、柔軟で果敢な挑戦の先に

ーー「AI対ストックフォト」というテーマにするつもりが、思いがけず、壮大な話になりました。未来を考える上で、ひとつのサービスや業界だけに目を向けていては可能性を見誤ってしまう、という教訓のようです(笑)。

 そうですね(笑)。

 これまで話してきたことは、現実的にピクスタでやるかどうかを議論している話ではありません。長年ストックフォトという世界で、クリエイターとして、またプラットフォーマーとして関わってきた一個人として思う、未来への期待やアイデアでしかありません。

 でも、未来を考えていく上で、世界の進化と発展に見て見ぬふりをしていると化石になってしまいます。実際、私自身はもう若くありませんし(笑)。

 無自覚のまま進んでいては、従来のストックフォトという存在も、プラットフォームという形態も、AIに限らず、進化する時代の中で次々と生まれゆく新たな可能性の脅威に晒されることになるでしょう。だから、新しいものを極力正しく認識し、ポジティブな危機感を持って柔軟に対応していく必要があると思っています。

 そういう意味では、クリエイターにも正しい危機感を感じてもらいながら、自分の個性とその価値を磨いてほしいと願っています。だからこそ、ピクスタもクリエイター個人がなかなかチャレンジできないことに積極的に挑戦して、その成果をノウハウという形にしてクリエイターに還元していくという流れは絶やさずにいたいと思っています。

ーー時代の変化と共に、絶え間なく、新しい価値を探求しながら、関わる人々へ還元していくということですね。

 はい。これまで話してきたことを振り返ってみますと、「ストックフォト」というコンセプトには縦横への拡張性を秘めているなと改めて感じているところです。

 我々が大事にしている理念を土台にどう進化していくのかは、今後のピクスタの挑戦を見守っていてもらえたらと思います。

ーーありがとうございました。

内田 浩太郎(Koutaro Uchida)
ピクスタ株式会社 取締役CCO 兼 海外事業本部長

 1966年5月生まれ。 東海大学政治経済学部卒業後に株式会社ワールド証券(現 株式会社SBI証券)に入社、法人・個人営業を担当。その後ベンチャー企業数社を経て 株式会社GEキャピタル・エジソン生命に入社、ソリューションアドバイザーに。 2000年3月 株式会社ダイレクトプラネット設立に参加、取締役営業部長に就任。 2001年8月 株式会社フォトスタイルの設立に参加、常務取締役に就任。 2004年1月 株式会社インディードを設立、代表取締役に就任。広告写真プロデュース・スタジオ運営・ストックフォトプロダクションに従事。 2006年6月 株式会社オンボード(現 ピクスタ株式会社)取締役に就任。 2017年3月にTopic Images Inc. 理事就任、2019年1月にPIXTA ASIA PTE.LTD. Managing Director就任、PIXTA (THAILAND) CO., LTD. Managing Director就任(すべて現任)。


(インタビュー・執筆:経営企画部 広報グループ 小林 順子、撮影:コンテンツ部 クリエイティブディレクター 矢島 聖也)