共感されるストックフォトコンテンツ『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?』
ピクスタのブレーンである経営陣やリーダーたちが影響を受けた本を紹介するコーナー。今回、紹介するのは、取締役兼コンテンツ本部長 内田よりこの一冊です。
どんな本か
認知心理学者でありノーベル経済学賞の受賞者のダニエル・カーネマンによる著作。
私たち人間には2つの思考モードがあります。それらは直感的・感情的な思考をシステム1(速い思考)、意識的、論理的な思考をシステム2(遅い思考)と名付けられ、それぞれどのように作用しているかを論じています。また、同時に人間の日々の判断が想像以上にシステム1に影響を受けている実態を数々の実験から解き明かしながら、意思決定のメカニズムに迫る内容となっています。
所感
僕は「人々に共感されるストックフォトコンテンツとは何か」とかれこれ15年くらい自問し続けています。
ちなみに、ストックフォトでいう「共感」とは「売れる」という意味です。なぜ「売れる」という言葉を直接的に使わないかというと、「売れる」という目先のことだけに集中してしまうと継続的な価値づくりの為の様々な機会を失ってしまうことにつながるからです。ビジネスでもよく「金儲けだけを目的にするな」と言いますよね。
そして、約3年前に手に取ったこの本によって、この問いの本質理解に繋がるかもしれない数々の手がかりの存在に衝撃を受けました。つまりコンテンツそのものを突き詰める以前に、コンテンツに影響を受ける主体である人間自身の反応、判断の仕組みの理解こそが重要なのだとの気付きを得たのです。
システム1とシステム2
とても長く多岐の分野に渡って論じられている本ですので、全てを簡単に要約するのは難しいのですが、ここでは僕が一番重要だと思ったポイントに的を絞ってご紹介します。それは冒頭でも紹介しましたが、「システム1」と「システム2」という私たちの思考モードについてです。
直感や感情のように自動的に発動するもので、日常生活のおおかたの判断を下していると言えます。
システム2は意識的に努力しないとなかなか起き上がりません。システム1の判断を退けてシステム2を働かせるのは、多くの人にとってなかなか困難なことなのです。
日頃私たちはシステム1によって無意識に様々な影響を受けています。つまり人々の物事に対する「印象」のほとんどがこのシステム1を通して形成されるのです。
この理論を活用するだけでも、ある種の訴求を目的とするストックフォトコンテンツは、システム1(直感)の網にかかるような特徴を持つイメージが、市場にフィットしそうという仮説立てに役立ちます。
システム1の理解の応用
では直感に訴えるというのはどういうことなのでしょう。 例えばシステム1にはこのような傾向があります。
つまり人々は自分たちの記憶にわかりやすく馴染みのあるものに親近感を感じるということなのです。実際に売れている同カテゴリーのコンテンツの多くには類似性が見られます。
いわゆる「売れ筋」というものは、むしろわかりやすく似通っているからこそ人々に受け入れられるのだということなのでしょうか。
しかし、クリエイティブの視点に立つとやはり他者との違いを出したくなります。いわゆる差別化です。ところが「人々の印象が過去の記憶に左右される」という論理に立てば、無理やり違いを出そうとしてある種の枠を飛び越えてしまうと、そのイメージはどんなに良いものであってもシステム1の網にかからない可能性があると考えられます。
システム2の深い思考
ここでシステム2の働きをみてみましょう。
「印象や直感は確信に変わり、衝動は意思的な行動に変わる」……うーん、これはやはりシステム2まで深く刺さるコンテンツを探求したくなりますよね。
実際のコンテンツビジネスシーンにおいては、あまりに似通ったイメージの連続は記憶に残りづらくなるという問題が出てきます。いわゆる類似の氾濫が該当イメージを埋もれさせてしまうといった現象です。
そこで考えてみました。つまりシステム1とシステム2の双方を納得させるようなコンテンツのあり方が一つの切り口になるのではないかと。例えば、馴染みを見せつつシステム1に興味をひかせ、怠け者のシステム2を揺りうごかし、人々の記憶を喚起し更に記憶にこびり付かせるようななんらかしらの「フック」があれば良いのではないかと。
ここで、このシステム1とシステム2の作用の仕組みの不思議さを文豪トルストイの小説、『アンナ・カレーニナ』の冒頭をだいぶ歪めて当てはめたくなりました。
「売れるイメージはそれぞれ同じように見えるが、なかでも突出するイメージはそれぞれ異なった特徴を持っている」
要は、人々の記憶に馴染みを持たせつつも、それぞれに適度な特徴を持たせることがキーポイントになるということが言えます。差別化も方法次第ということです。
そして、時々のトレンドに合わせて微調整しながらこのサイクルを回すことが、人々の共感を獲得し、クリエイターの創作活動が価値を生み続けられる要因につながるのではないかと考えています。
これは、この本から得たストックフォトコンテンツおよび創作活動に対する僕の考え方の裏付けのひとつになっています。
しかしながら、引用した事例は何百という研究対象のひとつの断片にすぎません。その意味で立てた問いの答えとしても満足できるものではありません。
この本を幾度も読み返し、関連分野をあたってはトライアンドエラーの連続です。この旅はまだまだ続きます。
まとめ
僕は、ここに書かれていることを「人がビジュアルにどう反応するか」という極めて狭い範囲に適用しようとしていますが、本書の論じる内容は勿論それだけに当てはめられるものではありません。
その理論の多くは現代の経済行動学に活かされていますのでビジネスや組織運営、公共経済全般にも有効です。また子を持つ親、人々に感動を売るアーティスト……etc、社会に関わる全ての人が一読する価値のある一冊であると自信を持ってお勧めいたします。
私たち人間は社会的な生き物なのですから。
(執筆:取締役 兼 コンテンツ本部長 内田浩太郎/撮影:コンテンツ部 CPG 矢島聖也 )