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「どうして分かってくれないの?」と嘆くアナタへのラブレター『愛するということ』

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 ピクスタのブレーンである経営陣やリーダーたちが影響を受けた本を紹介するコーナー。何を学び、何を得て現在に至るのか。

 出会った本は、その人の思考の一端を垣間見ることができます。

 今回、紹介するのは、執行役員 PIXTA事業本部長の伊藤よりこの一冊です。

愛するということ 新訳版

愛するということ 新訳版

 

どんな本か

 愛とは技術であり、技術ならば習得するのに知識と努力が必要だ、という前提にたち、人を愛するのに必要な知識と、努力に向かう覚悟を与えてくれる一冊。

 恋愛について書かれているようで、実は、あらゆる人間関係の悩みに対する答えがこの本には書かれています。

 人によって大小あれど、多くの人が仕事における人間関係の悩みを抱えていますよね。人間関係が理由で自らのパフォーマンスがあがらないと感じる方や、人間関係の不和でチームのパフォーマンスがあがらないと悩むマネジメントの方、ぜひこの本を手にとってみてください。

なぜ「愛」なのか

 事業、会社は「人が全て」と言われますが、最高のチームワークによって成果を指数関数的に伸ばせるチームもあれば、泥沼の人間関係が負の影響をまき散らす最悪の場合まで、人が集まることのエネルギーは、良い方向にも悪い方向にも増幅されていきます。

 チームの一員として、あるいはマネジメントする立場として、当然チームを良い方向に導いて行きたいのですが、同時に、人と人との相性ほどコントロールが難しいものはない、という難題に直面します。配置換えや異動によって、相性が悪い接点をリセットできればまだ良いですが、仕事においては「人を選べない」状況の方がきっと多いでしょう。

 唯一、コントロールできる変数があるとしたら、それは自分と誰かの関わり方です。自分自身の考え方と行動は、今すぐにでも変えられます。他責ではなく自責、受動から能動へと態度を変容すること、実はこれこそが「愛するということ」の本質なのです。

「愛」についての誤解

誰もが愛に飢えている。(中略)ところが、愛について学ばなければならないことがあるのだと考えている人はほとんどいない。

――引用:『愛するということ(新訳版)』P.12より

 冒頭、著者のこの指摘に対して「自分は愛について十分に学んだ」と胸を張れる方はいるでしょうか。少なくとも20歳そこそこの学生時代に、この本と初めて出会った僕は、自分が何一つ学んでいないことを自覚し、頭を殴られたような衝撃を受けました。

 なぜほとんどの人は愛について学ばないのでしょうか?著者は、多くの人が3つの間違った前提の上に立っているためだと指摘しています。

間違った前提①

たいていの人は愛の問題を、愛するという問題、愛する能力の問題としてではなく、愛されるという問題として捉えている。

――引用:『愛するということ(新訳版)』P.12より

 「愛されたい」と願う気持ちは、多かれ少なかれ皆が持っているはず。ところが、誰かを「愛そう」と能動的に努力できる人は、確かにあまり多くないかもしれません。

 愛されたい人の方が多いチームでは、愛が不足します。当然ですよね、GiveよりTakeの方が多いのですから。自分が大事にされてないように感じて、つい不満や愚痴が多くなってしまう、と言えば、心当たりにドキッとする方もいらっしゃるでしょう。

 「愛されるから愛する」のではなく「愛するから愛される」のです。「どうして分かってくれないの?」と嘆きたくなったら「自分は誰かを理解する努力をできているだろうか」と胸に手をあてて問いかけてみてください。率先してGiveを提供できる人が多いチームは、きっと魅力的で、強いチームであるはずです。

間違った前提②

愛の問題とはすなわち対象の問題であって能力の問題ではない(中略)愛することは簡単だが、愛するにふさわしい相手、あるいは愛されるにふさわしい相手を見つけることはむずかしい(以下略)

――引用:『愛するということ(新訳版)』P.13より

 「良い人さえいれば」というフレーズを聞いたことは、一度や二度ではないでしょう。これは恋愛の文脈だけでなく、例えば採用を検討する場面でも、最高の人材との奇跡的な出会いを夢想してしまうことは良くあります。

 一方で「あなたは、その素晴らしい人を幸せにする準備はできていますか?」と問われると、急に不安を覚えるかもしれません。相手は、無条件に自社/自分のことを好きになってくれて、放っておいてもがむしゃらに頑張って、すごい成果をあげてくれるのでしょうか。そんな都合の良いことはあり得ないと分かっているのに、つい未来の奇跡的な出会いに、無謀な期待を寄せてしまうのが、我々の心の弱さなのだと思います。

 出会いを素晴らしい結果につなげるためには、自らもまた、相手を支える努力が必要なはずです。相手を支え続けるためには、自らが相手を愛することが必須の条件と言えるのではないでしょうか。

間違った前提③

恋に「落ちる」という最初の体験と、愛している、あるいはもっとうまく表現すれば、愛のなかに「とどまっている」という持続的な状態とを、混同している(以下略)

――引用:『愛するということ(新訳版)』P.16より

 何歳になっても、誰かと親しくなっていく過程は、楽しく幸せな体験ですよね。一方で、慣れてくるにつれて、だんだんと失望や倦怠を感じていくことも、受け入れなければならない現実です。だって、完璧な人なんていないのですから。恋愛と結婚の違い、と表現すると、多くの人には腹落ちしやすいかもしれません。

 刹那的な出会いの興奮や、一体感が増していく初期段階のワクワク感を重視し過ぎると「飽きる」という難敵が登場する度に、取っ替え引っ替えせざるを得なくなります。ゴーイングコンサーンが前提の企業活動や結婚生活においては、良い関係を長く続けること、そこに幸せを見出すことこそが、最も重要と言えるのではないでしょうか。

本書のトリセツ

 実は、今回ご紹介した内容は「第一章 愛は技術か」のたった8ページだけを参照しています。冒頭でこれほどキツく叱られると、残り200ページほど読み進めるのが怖くなりそうですが、ここで自らの至らなさに気付き、向き合う覚悟を決めなければ、読み進めても意味がないことを暗に示されています。どこまでもストイックな本書です。

 最後にもう一文だけ引用します。

自分の人格全体を発達させ(中略)全力をあげて努力しない限り、人を愛そうとしてもかならず失敗する。

――引用:『愛するということ(新訳版)』P.5より

 対偶は真、を前提に意訳すると「誰かを愛することに成功している人は、必ず全力をあげて努力をしている」ことになります。「自分は、全力をあげて愛する努力ができているだろうか」と、自問自答する日々ですが、一度読み終わった本書は、本棚から初心を思い出す手助けをしてくれます。

 「良い人が見つかったら」ではなく、今すぐ身近な誰か(同僚/家族/パートナーなど)を愛する努力から、始めてみませんか?

 

※本記事では、エーリッヒ・フロム 鈴木晶(訳)『愛するということ(新訳版)』(紀伊國屋書店、1991)から引用しております。2020年8月に、同著『愛するということ(改訳・新装版)』(紀伊國屋書店、2020)が新たに出版されています。

 

伊藤 遼(Ryo Ito)

執行役員 PIXTA事業本部長

1988年生まれ。
2013年4月 京都大学大学院卒業後にザイマックスグループに新卒入社。株式会社ザイマックス不動産総合研究所でのコンサルティング業務等を経て、Xymax Corporation Singapore Branchに赴任し事業開発等の業務に従事。帰国後は、複数の子会社等を経て、経営企画部に配属。
2018年5月 ピクスタ株式会社に入社。経営企画部にてIR、予実管理、事業企画等の業務に従事。
2019年1月 PIXTA事業本部長に就任。
2020年1月 執行役員就任。

 

(執筆:執行役員 PIXTA事業本部長 伊藤遼 撮影:コンテンツ部 矢島聖也)