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芸術家支援プラットフォーム mecelo の終了に寄せて

 こんにちは。経営企画部の宮前です。

 先日、2020年12月10日に、私が事業責任者を務めていた芸術家支援プラットフォーム meceloを終了いたしました。

 この記事では、meceloをはじめた理由からなぜ終了するに至ったのかまでを振り返り、お世話になったみなさま方へのご挨拶とさせていただきます。

サービスの概要

 芸術家と支援者をつなぐ芸術家支援プラットフォーム。
 芸術家は、毎月の支援金額とリターン内容を決めて『パートナープラン』をつくり、支援者を募ることができる。また、作品の販売も可能。

meceloをはじめた理由

 2017年の春、個人的な理由で京都へ移住したことで、当時携わっていたPIXTA事業を離れ新しい事業プランを考えはじめました。

 そんな折、ふと街なかにある美術館を訪れたときのことです。大勢の学生の作品が展示してありましたが、休日にもかかわらず来訪者は数える程度。日本には大学をはじめとしてこんなに芸術の教育機関が充実していて多くのつくり手がいるのに、一方でその受け手が少なすぎる。その状況がとてももったいないと感じました。これがmeceloを考えはじめるきっかけとなりました。

 そこで、いま実際に活動されている方々はどのように感じているのか、画家さんを中心に10数名の方にお話を伺ったところ、お金と時間がトレードオフにある状況で、作家活動はやっていきたいが生活のためには諦めざるを得ないという方が多くいらっしゃるという現状を知りました。

 私自身も学生時代にアートを学んでいましたが、アートを取り巻く状況が当時と大きく変わっていないことに改めて気がつきました。

 この状況を何とかできないかと考えを巡らせているなかで、ある画家さんの個展に足を運びました。

 作品を鑑賞していると、そこに作家さんがいらしてお話をしました。作家さんのお考えやこれまでの体験談、作品づくりのきっかけなどを伺ううちに、自分と価値観が似ていることや同じような経験をしてこられたことがわかり大きく共感しました。

 それと同時に、お話しながら鑑賞している作品が、自分にとっても意味のある大切なものとなっていく感覚を実感したのです。

「もしかして、これは自分だけの現象ではなく、実は皆に起こり得るのではないか?」こんな問いが自分の中に浮かびました。

 作品を形作るのは、目に見える物体と、作家さんの想いや歴史、人柄といった目に見えない情報。その2つがほどよく伝わることで、受け手にとっての作品の価値が大きくなるのではないか?
  今までは、その見えない情報が物理的・技術的制約のために伝わりにくかったのではないか? 

 けれども、いまならインターネットとスマホなどのテクノロジーをつかって、より多くの人に具体的に伝えることができます。さらに、昨今の日本社会を眺めると、物質を所有することに加えて心を満たすことが人々の幸福感に大きく関わってきているように感じます。

 いまの技術と社会環境であれば、これまでと違った形で多くの人が芸術に参加でき、そこで心を満たすことができるのではないか。そんな状況をつくれたら、世の中いまより楽しくなるのではないか。なにより、自分が体感したその感覚を、もっと多くの人に共有し体感してもらいたい。

 そんな思いからスタートしました。

meceloでの活動

記者会見の様子。フロアには参加作家さんたちの作品を飾った。

 スタートからしばらくの間は、招待制という形で参加いただきたい芸術家の方々を直接お誘いしていました。特に、サービス公開前に参加を決めてくださったみなさまには、影も形もないなかで参加してくださり感謝の言葉もありません。

 ピクスタ初の記者発表をさせていただいたときのことは昨日の事のように覚えています。

 発表の席には、芸術家のkayo nomuraさんとあべせいじさん、パートナー会員の宮本さん、サービスへアドバイスをくださった京都芸大の井上大輔先生がご参加くださり、素敵なコメントをいただきました。

 また、10数名の芸術家会員のみなさまに、記者発表の会場に作品を展示させていただきたいとお願いしたところ、みなさん快く作品をお貸ししてくださり、会場は個性豊かな作品でいっぱいとなりました。いくつかのアクシデントがありながらも、多くの記者の方々にお越しいただくことができ、無事に発表することができました。

  meceloでは、芸術家の想いや活動の背景を伝えたいという思いから、開始から1年ほどの間、登録芸術家のインタビュー記事を作成し公開しました。

 自分が個展でのコミュニケーションで体感したことを、インタビュー記事のシェアによって再現できるのではと考えたからです。

 また、「芸術家」と聞くと、どこか遠い世界の人のような、自分からはかけ離れた場所にいるような感覚があるかもしれません。けれども、実は自分と同じような経験をしてきた方がたくさんいて、意外と身近な存在であることもお伝えしたかったことです。

 インタビューで聞かせていただいたお話はまさに十人十色で、読まれた方から「自分と重なり共感しました」といった反響をいただくたびにやってよかったと感じます。

  運営していて特に嬉しかったことが、長く支援をつづけてくださっていたユーザーさんが、これまでに毎月受け取られたポストカード型のカレンダーをファイリングしておられ、わざわざその写真を送ってきてくださったことです。

きれいにファイリングされお部屋に飾られている写真から、その方がいかに作品やつながりを大事にしてくださっているかがわかりました。

イラストレーター 熊谷奈保子さんの支援者の方からいただいた写真

 また、芸術家会員の方からも、いくつもの嬉しいお知らせをいただきました。

 meceloの支援者の方がたびたび個展に足を運んでくださるようになったことや、予期せぬ出来事で弱っている折にパートナー契約がはいり元気づけられたというお話、なかには契約が連続して入った際に、「私の絵なんて求めている人いないと思っていたけど続けていてよかったです」と涙ながらに話されている方もいらっしゃいました。

 作品を大事にしてくださっていることや、meceloをきっかけにしてオンライン以外でのつながりが生まれていることを伺うたびに、サービスがユーザーさんのお役に立てているという嬉しさがこみ上げてきました。

なぜ終了することにしたのか

 では、なぜ終了することにしたのか。

 それを決めた一番の要因は、支援の数を増やすことができず、いまの仕組みや取り組みでは規模を大きくすることは難しいとの結論に至ったからです。

 先にお伝えしたとおり、思い描いていたようなことも生まれましたが、多くのみなさまの日常のなかに受け入れてもらえるまでにはなりませんでした。それはどうしてだったのか。ここですこし振り返ってみます。 

「日本ではアートが売れない」が定説となっていますが、その一番の要因は「アート鑑賞や所有のたのしさ・嬉しさを実感したことのある大人が少ないから」だと考えています。それゆえ、友人や子どもたちにもそのたのしさや嬉しさが共有されず広がっていかないのだと。

 では、なぜアート鑑賞や所有の楽しさ・嬉しさを大人が実感しにくいのかというと、その背景には以下のようなことがあると思っています。

  • 賃貸物件の壁に穴をあけられないなどの制約があるため家に絵を飾りにくく、ホームパーティー文化も小さい(他の人に見て貰える機会が少ない)

  • 宗教画を大人も子供も一緒になって鑑賞するような、既存の鑑賞習慣がほとんどない

  • ほかに手軽に鑑賞して楽しめるコンテンツが豊富にある

 それらに対しmeceloでは、これまで表に出にくかった芸術家の想いと制作背景の共有をきっかけに、支援を通じたコミュニケーションや作品のご購入によってたのしさや嬉しさを提供できるのではないかと仮説をたてました。加えて、近年、クラウドファンディングという一つの文化が生まれ、人々がお金を支払う対象が機能的価値以外に広がってきていることも、チャレンジを後押ししてくれました。

 しかし、結果としてたのしさ・嬉しさを多くの方に感じていただけるサービスにまで仕立てることができず、それが支援数にあらわれたのだと感じています。芸術家会員さんのプランづくりや運用のサポートが不十分であったり、ご支援・ご購入に意欲をお持ちの方に十分に良さをお伝えできなかったりと、サービスとしての体験価値を磨き上げきれなかったというのが率直な感想です。これは、私の力不足というほかありません。

 meceloではリアルなコミュニケーションを大事にしてサービスを運営してきました。

 芸術家のみなさまに対面でサービスのビジョンをお伝えしたり、一緒にディスカッションさせていただいたり、そういった生のやり取りを重ねるたびに、みなさまの熱量やアートが好きでたまらないといった純粋な想い、または作家活動に潜む苦しさに至るまで、さまざまな気づきや学びがありました。そのたびに、なんとか一緒にこの世界を拡げていきたいという想いが強いものになっていきました。

 けれども、ユーザーのみなさまにいただいてばかりで十分にお返しすることができなかったことは本当に悔しく、申し訳ないばかりです。

さいごに

 これまで、たくさんの方にご利用いただき心より感謝申し上げます。

 事業としてたいへん残念な結果となりましたが、これまでに関わってくださった皆様のなかに、すこしでもポジティブななにかを残せていたら幸いです。

 ピクスタ株式会社の理念は、「才能をつなげ、世界をポジティブにする」ことです。これまでも、一度やって失敗したことでも後年別の形にしてチャレンジしてきました。どんな形になるか、いまはまだわかりませんが、才能と熱意にあふれた芸術家のみなさまと共に、いまよりポジティブな世の中をつくっていける機会をこれからも模索していきたいと思います。

 

(執筆:経営企画部 事業推進室 室長 宮前賢一)